観音

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       観音の一瞬笑みし稲光


私たち夫婦は縁あって平成9年11月に西国三十三ヵ所霊場巡礼を始めている。
特に信仰心が深いわけではないが、私の病をきっかけに巡るようになった。
その巡礼は平成12年8月に満願の寺、岐阜県谷汲山華厳寺に参って終えている。

当時、会社勤めであったので「歩き遍路」とはいかず、車で巡っている。
職を引いた今の生活に思えば、巡ったお寺の紅葉などの、四季の景色に魅せられて
始めた写真、理解のできぬものもあったが御詠歌への興味、ものを書くということ、
歩くこと、地方の者が関西を知るということ、歴史を知るということ、巡っている
時は思いもしなかった多くの財産を手に入れた。

それらへの興味と得た知識で、今の自分が自分に退屈せずに暮らさせてもらっている。
二重の感謝である。

西国三十三所は、近畿2府4県と岐阜県に在する33か所の観音信仰の霊場の総称
これらの霊場を札所とした巡礼は日本で最も歴史がある巡礼行であり、現在も多くの
参拝者が訪れている。

      蜩や悲母観音はなぜに悲母   照井翠
 
      観音の右の手長し萩の白    村上友美 


その後、二巡目の巡礼を始め、それも結願の谷汲山華厳寺を残すだけとなっている。

      白山茶花散りしく闇を浄土とも

      一切のためらいもなく沙羅落花


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山頭火

山頭火
                          (ネット画像から)


      かなかなの中へてくてく山頭火

      かなかなや古里とほき町に住み


ご存じ種田山頭火、季語や定形という俳句の約束ごとに関係なく、自身の
リズム感を重んじる自由律俳句を詠んだ俳人。
山頭火はその生涯で、8万句以上の俳句を詠んだといわれている。

山頭火の句をおもしろい括りでまとめたものがある。

つぶやき系
 今日の道のたんぽぽ咲いた
 こんなにうまい水があふれてゐる
 酔うてこおろぎといっしよに寝ていたよ

哀愁が漂う系
 ついてくる犬よおまへも宿なしか
 どうしやうもないわたしが歩いてゐる
 泊めてくれない村のしぐれを歩く
 
何のひねりもない系
 あたたかい白い飯が在る
 山あれば山を観る
 秋風の石を拾ふ

もはや意味不明系
 はだかで話がはづみます
 蛙になり切つて飛ぶ
 月夜、あるだけの米をとぐ
 
弁当系
 けふのべんたうは野のまんなかで
 けふも大空の下でべんたうをひらく
 けふのべんたうも草のうへにて

「俳句って特別な人が作るものではないんだよ、誰でも自由に作って楽しめば
だから沢山作りました。」 そんな山頭火さんの声が聞こえてきそうである。                          (NAVER HP参考)

こういう俳句を目指すのも一つだと思うが、私が向かうとすれば捨てなければ
いけないものが多すぎてムリ。
もちろん、この手の才能もなく、人生も選択できない・・


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浮人形

浮き人形


       母さんはあなたの味方浮いてこい

       古里はまだ待つている浮いてこい


季題と季語
俳句の流派、結社によっては、題詠の題としたり一句の主題となっている言葉を
季題と言い、単に季節を表すだけの季語と区別することもあるが、一般的には
同義に用いることが多い。

俳句を題材にしたコミック本に「あかぼし俳句帖」というのがある。
一部で人気のあるコミックであったが、残念ながら先月の第6巻で終了した。
その本に登場する俳句の先生、白帆さんが季題、季語や流派による作句の約束
ごとについて、語っている場面があるので紹介する。
 
「季語の季節感の捉え方は、題詠の季を詠み込む季題派が上手い
季題派 花鳥諷詠、写生というおおらかな気韻、大きな無我
 惜春の橋の畔(たもと)といふところ  星野髙士

そして季語派 心情、人間を追求する深い先鋭・・
 百日紅子を生みてより人信ず  中村明

僕はどちらもそれぞれに好き、季題と季語については、結論も区分もゆるやかな
混沌。そして、僕の結社は両方のいいとこ取り。その句が詩として美しく、あるいは
快く、あるいは力強ければ、細かいことはいいのだ。
区分けもどうでもいい。無季でも破調でも、字余り字足らずでも下六でも。
大事なのは、(心が)揺さぶられかどうか。」

なかなか自由ないい結社だと思う。最後のセリフも本当にそう思う。
しかし、ここの結社、句会で私たちがやれるかというとそれは無理がある。ここは
主人公の俳句初心者、明星さんを除けば、他は基本のできているメンバーが多い。

今の私に、無季でも破調でも、字余り字足らずでも、下六でもとなったら糸の切れた
凧みたいになってしまう。


    浮人形もちて泊りにゆきにけり   稲荷島人

    浮人形いまも旧師に励まされ    狩野花呆
 
    遠くなるちちの俤浮いてこい     川嶋隆史 


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ゆく夏

旧甲子園球場
(改装前の甲子園球場)


      ゆく夏の役目を了えし千羽鶴

      夕焼けて九回裏のあと一人


なぜ、高校野球の全国大会は関西、甲子園球場なのか

大正期に、大阪府の豊中運動場を所有する箕面有馬電気軌道、現阪急電鉄は、運動場の
利用策の一つとして近辺の旧制中等学校による野球大会開催を朝日新聞社(大阪)に
提案を行う、それを受け朝日新聞社が1915年、全国中等学校優勝野球大会を開催する
ことになった。これが全国高校野球選手権大会の始まりらしい

その後、大会規模の拡大に対応するため阪神電鉄の鳴尾球場に移るが、そこもすぐに
手狭となり、阪神電鉄は甲子園球場をつくりここで毎年開催されることになる。

また、朝日新聞社主催で始まった夏の大会であるが、春の甲子園も在阪新聞社である
毎日新聞社の主催により1924年から開催されている。

このように、在阪企業によって始められたため関西での開催となり、甲子園球場での
開催になったのではないか。
現在も、前記2社の主催であり(高野連も主催)、長く甲子園で開催されている。

全国大会としてのブランドも確立されているため、今後も他での開催はされないのでは
ないだろうか。

最初に首都圏で始まっていれば、高校野球といえば神宮球場となっていたかもしれない。

なお、余分な情報であるが、高校野球はベスト8の戦いが、一番おもしろい
今年の夏の甲子園は、昨日、ベスト16が出そろった。


     僕という記憶抱き行く夏の雲    鈴木蝶次 


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送り火

送り火


      初盆了へ広き座敷の中にいる


今年のお盆も終わった。安堵感はあるが飾りを片づけてしまうと一抹の寂しさが残る。
まして、初盆となると・・

送り火、門火ともいい盆が終わり精霊を送るため、家の入口、墓などで焚く火のこと。
所によっては葬式の出棺の際、あるいは婚礼のおり娘が生家を出るとき、家の入口で
火を焚く習俗があり、これも送り火とか門火とよんでいる。
盆の送り火は、13日に焚く迎え火に対し、16日に焚く火をさし、先祖の霊魂の去来の
道しるべという。

送り火は、家々の行事になっている所が多いが、町や村共同で小高い山や、川原で焚く
所もあり、京都東山の如意ヶ岳の大文字焼は、夏の風物詩の一つになっている。


    送り火や帰りたがらぬ父と母    尾崎竹詩
 
    送り火や聞けなかったね母の恋   日置正次
 
    送り火のあとを静かに人動く    杉村正子


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遊歩

Author:遊歩
あっという間に歳を重ねてしまいました。
せめて俳句への感覚は若くありたいと思い続けています。

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