水中花

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   過ぎし日の青き錯覚水中花


「昔のものは木を薄く削ったものや紙などで作られており、水に
浮かべると花のように開き、彩色した花や魚などが現れた。今は
下部に錘をつけグラスの中でまっすぐに開くようにしてある。江戸
時代は杯などに開かせたので、酒中花ともいう。」

歳時記の説明には、これぐらいしか書かれていない「水中花」だが
実際に発表された俳句をみると、この季語にはなにやら見た目だけ
とは違う思いが働いており、凄い句がたくさんある。

どのような思いが内包しているのかまとめようとしたが、下記の句を
みていただくとわかるように、多様過ぎて私のちからでは無理だった
ようだ。

 妻に供華ぽとんと咲かす水中花   細見しゆこう
 飽きられる月日に咲きて水中花   山下美典
 水中花誰か死ぬかもしれぬ夜も   有馬朗人
 水中花いつまでも咲く子なき家   品川鈴子
 いきいきと死んでゐるなり水中花   櫂未知子
 水中花座り直して誰も居ぬ     塚越美子
 立ちしまま息をととのふ水中花   櫻井博道
 ある日妻ぽとんと沈め水中花   山口青邨
 夜の深さ水の深さに水中花     鷹羽狩行


 水中花にも花了りたきこころ   後藤比奈夫

 色とりどりの紙の花が、水中でゆっくりと開いていく様は美しく、
 いかにも涼しげだ。
 しかし、一度開いてしまえばいつまでたっても変わらないその姿は、
 やがてそこにあることすら飽きられ、忘れられていく運命にある。
 言い古された言葉だが、終わりがあるからこそ美しい。散るときが
 来るから花は美しく咲きついで、次の世代への種をはぐくむのだ。
 水の中という限られた場所にしか存在できない水中花が「終わり」、
 つまり「死」への憧れを持っているのだという。
 それは終わりがあればこそ生命が輝くからだ。

この句と、この解説文が、この季語の本意としての大部分を、言い得て
くれているような気がする・・



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おはようございます

過ぎし日の青き錯覚水中花

錯覚も「又楽しからずや」、ですね。


水中花

凉さん
コメントありがとうございます。
おっしゃる通りです。
若さゆえです。

あの頃は

今日は、初めまして。
水中花、名句だらけですね。
それだけ、俳人には、思いを
托しやすい題材なのかも。
     御健吟を      ジャガリコ

No title

ジャガリコさん
コメントありがとうございます。

水中花の花言葉 「惑い」 いかがでしょうか。

錯覚

遊さん今晩は。水中花。 夏ですなあ。先ずこの写真いいねえ。カメラアイの切り口がシャープだよ。
面白いねえ。 水中花、そうだよなあ、錯覚なんだよなあ。 
だけどどうだろうこの句。青き錯覚 → 錯覚青き と置き換えてみたら微妙に句のニュアンス変わるね。

ところでこの頃水中花どこで売ってんだか・・。昔城北公園の花菖蒲見物に行ったとき屋台がでて売ってたけどなあ・・。
なかなか見ないよなあ・・。
寅さんがどっかで売ってるかなあ。 又やん

又三郎さん

いつもコメントありがとうございます。
確かに青と錯覚、どちらが先かでまったく句意が
変わりますね。
又三郎さんの青き水中花も、魅力的な句になると
思いました。
が、ここでは水中花に青い錯覚を起こした「私」を
詠みました。
ご指導ありがとうございます。
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遊歩

Author:遊歩
あっという間に歳を重ねてしまいました。
せめて俳句への感覚は若くありたいと思い続けています。

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